原告の訴えに、吉野石膏は話を聞くだけ

交渉は、原告4人(いずれも遺族)を含む20人が参加し、有楽町の貸会議室で行ないました。会社側は総務課長他3人が対応。  冒頭、会社側が「30分でお願いしたい」と発言、参加者から「午後7時と非常識な時間に呼びつけ、わずか30分とは絶対に容認できない」と怒声が飛びました。原告からの訴えをふまえ、数度にわたり要請している早期全面解決には無回答、「被害者のみなさんが大変な思いをしているのは個人的には認識しているが、今日はお話をうけたまわるだけ」と答えるのみでした。  総務課長に対し「あなた自身が被害にどう向き合うのかを問いたい。個人的でも原告を前にして謝罪をしてもらいたい」とくり返し迫ったにもかかわらず、ついに謝罪はなく次回交渉を近日中に行なうことを確認し終了しました。

クボタは交渉に応じよ 関西と泉南の仲間と詰めよる

月25日、大阪では首都圏アスベスト訴訟の原告・弁護団と組合、そして関西アスベスト訴訟と泉南アスベスト国家賠償訴訟の原告・弁護団がクボタの本社前に集結し、要請行動と抗議集会を行ないました。  企業門前には130人を超える仲間を前に、原告・遺族・弁護団がマイクをにぎりクボタに「謝罪と補償」を要求。当日の不当判決への怒りの声をあげるとともに、関西の原告は最後までたたかうと意思統一、午後3時から2時間にわたり、クボタ本社を取り囲み抗議しました。 この行動には、京都建労の仲間をはじめとする全建総連関西地協の仲間も支援。「アスベスト製造企業は、被災者に謝罪せよ」のシュプレヒコールを響かせました。  しかし、クボタは「原告の命あるうちの解決を」と交渉を求める私たちに「担当者が不在」「今日の要請は受けられない」などの答弁をくり返しました。  東京地裁の判決勝利へ、国と企業の責任を追及し、被害者救済を求める運動をいっそう全国で盛りあげていく契機となる行動になりました。

横浜地裁が不当判決

首都圏建設アスベスト訴訟横浜地裁前判決日行動 ←当日の様子をクリック

5月25日午後1時40分、「不当判決」の旗が2人の弁護士によってかざされると、横浜地方裁判所前に集まった約1000(東京土建236)人の仲間、支援者から怒り、おどろき、くやしさのどよめきが起こりました。仲間たちは、ただちに不当判決糾弾の集会を開き、「こんな不当な判決に負けてたまるか、9月の東京地裁では必ず勝訴をかちとり、アスベスト全面救済をかちとるぞ」と決意を新たにしました。

首都圏建設アスベスト訴訟統一本部は、初めて判決が出る5月25日朝7時45分から横浜地方裁判所周辺宣伝を行ない、12時から集会を開催しました。  巻田統一本部長(東京土建委員長)、内藤全建総連神奈川県連会長、小野寺統一弁護団長、西村神奈川弁護団長、宮島統一原告団長、平田神奈川原告団長が、あいついで「公正な判決をかちとり、国と製造企業の共同責任でアスベスト被害救済を」と、訴訟の意義を明らかにし、支援を訴えました。  12時50分に大きな拍手で原告・弁護団を法廷に送り、各組合からの決意表明、支援の各団体から連帯と激励のあいさつをうけながら「旗出し」を待ちました。  しかし、1時40分に「不当判決」の旗出し。参加者から「エーッ」、「どうして」の悲鳴があがり、涙する仲間も少なくありませんでしたが、「不当判決は許さないぞ」、「国と製造企業は被害者に謝罪せよ」、「東京地裁で勝利判決をかちとるぞ」と抗議の集会シュプレヒコールを行ない、島崎弁護士から判決内容の要旨の報告をうけました。  「気を落とさず、これまで以上に運動を強めて、必ず東京地裁では勝たなくては」。江東支部の原告寶田幸男さんの唇をかみしめながら語った決意は、参加者みんなのものでした。